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Payetteとアメリカ建築事務所の労働環境Payetteとアメリカ建築事務所の労働…
2018.08.04
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Payetteとアメリカ建築事務所の労働環境
※本記事は、取締役COOの川島がハーバード大学デザイン大学院(GSD)留学時代のブログに一部編集を加え、転載しています。
6月の下旬からPayette(https://www.payette.com/)という160人規模の建築事務所でインターンをした。ボストンの建築事務所の中では一番給料が高いと言われていて、病院や生物・化学研究所を主に主戦場としている。Payetteが設立されたのは1930年代でその歴史は長く、職種は建築設計、インテリア、ランドスケープ、パース、そして環境設計に分かれている。
アメリカでも環境設計(設備設計はやらない)を内作で持っている事務所はとても珍しい。現実的なことを言うと、設計事務所は図面を書くことでお金を稼いでいる。建築、インテリア、ランドスケープ、パースともに、図面を発行する部門だが、環境設計だけはその仕事の特質上、図面を作ることはない。
お金を稼がない人材を建築事務所の中に置く(事務職以外)というのは非常にハードルが高い。逆に言えば、それだけPayetteが建築の環境性能・サステイナビリティという点を重要視しているということだ。GSDでも教えているアンドレア・ラブによって環境設計部門が5年ほど前に設立されてから、時代の要求に合致したこともあって急成長している事務所だ。
今は「Fusion of Design & Performance」というスローガンでその利点をアピールしていて、事務所内の雰囲気も上昇気流、かなり良い感じだ。進行中のプロジェクトを見ていても、東海岸北部にある、ありとあらゆる大学のサイエンスの研究所の新校舎を設計しているのではないかというぐらいだ。
何より、ペプチドリームで使ったGrasshopperの環境シミュレーションツール(Ladybug+Honeybee)の開発者であるクリス・マッキーが所属しているのが驚きだ。Ladybug+Honeybeeは世界の建築の姿を変えたと個人的には思うし、日本・世界のありとあらゆる環境設計に携わる人間が使っているだろう。それを開発した本人が所属して、Payetteのデザインを洗練させることに携わっているのだから、環境設計という点では米国最高峰、怖いものなしである。
Ladybug+Honeybeeがいかに環境シミュレーションを世界に広めたかわかるデータがある。光や日射のシミュレーションに使われるRadianceというシミュレーションエンジンがあるのだが、Radianceの開発者のLDNLのEleanor LEEによると、Ladybug+Honeybeeが発表されるまでは50ダウンロードぐらいだったものが、発表後には57000ダウンロードに跳ね上がったのだという。このように、しっかりとした研究者が開発したしっかりしたプログラムを、誰もが使いやすいように世界に広めることの価値は計り知れない。
インターンを始めて最初に気づいたのは、労働環境が日本に比べてとても良いということだ。話を聞いていると、アメリカ(Payetteの)の設計料・設計期間は日本の2・3倍はある印象だ。そのため、給料が日本より明らかに高い(インターンなのに日本の一般企業の初任給の1.5倍ぐらい)し、夕方6時になると事務所の95%は帰宅する。オフィスの中には巨大なキッチンコーナーと無料のコーヒーや紅茶もあり、スナックなどはセルフチェックアウトで買えるようになっていて、気分転換という点でも快適だ。
模型製作コーナーも充実している。Payetteは数年前から模型を外注することは止め、全ての模型を従業員が作ることにしている。オフィスの中には3Dプリンター、レーザーカッター、材料倉庫、スプレーブース、各種工作機械が完備され、殆どのものは作れる。その上、CNCカッターなどの巨大な工作機械は別の場所に工房を借り、敷地模型などの大変なものはそこで作っている。
図面は全てBIM(Revit)で描かれており、BIMをサポートするITグループもいれば、さらに高度な内容をサポートする外注のコンサルタントも週2回来る契約をしている。160人程度の規模の事務所にこれだけの設備・環境を整えられるのだから、それだけ設計料が高いのだろう。
そもそも日本の建築事務所の労働環境がなぜ悪いのかと言えば、個人的な憶測になるが、高度経済成長期に先人たちが頑張り過ぎたからなのだろう。少ない費用で短期間で都市・建築インフラを整えるのが使命だった時代。その時は時代の要請に応えていたのだが、50年を過ぎた今でもその影響が尾を引いている。同じ労働環境は日本だけでなく、同様の高度経済成長期を体験しているアジア各国にも共通する。
もう一つ理由として建築の寿命も考えられる。笑い話になるが、今自分が住んでいるマンションが1964年に建てられたので古いという話をアメリカ人の友人にしたところ、「全然まだ若い建物じゃん」と言われたことがあった。建築を丁寧に作って長く使うのが当たり前なのだから、その文化がそのまま設計料や設計期間に反映されているのかもしれない。
かと言ってアメリカでずっと働きたいかと言えば正直そうでもない。それはまた別の話だ。