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カテラの経営破綻から学ぶ垂直統合型DXの限界と可能性カテラの経営破綻から学ぶ垂直統合型DXの…
2021.07.29
建設DX
カテラの経営破綻から学ぶ垂直統合型DXの限界と可能性
※本記事は、建設DX研究所の記事に一部編集を加え、転載しています。
2021年6月7日、世界の建築・建設業界に衝撃が走りました。
米カテラ(Katerra)が米連邦破産裁判所に米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を申請したというニュースが流れたからです。創業からわずか6年の間にソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)を始めとしたベンチャー投資を20億米ドル以上集め(2,200億円以上に相当)、ピーク時には9ヵ国に展開し8,000人以上の雇用を実現した同社は、建設産業のDXの最先端を走っていると思われていました。従来の水平分業された建設業界から脱却し、建築部位のモジュール化、ITプラットフォームの活用を軸として、設計から部材の製造、施工、さらにはその後の維持管理までのサプライチェーンを垂直統合したビジネスモデルにより、前例が無いほどの資金を集め、業界構造を根本的に変革するだろうと注目を浴びていたのです。
カテラの最新技術により作られたCatalyst Builiding(2020年にAIA(米国建築家協会)のInnovation Awardを受賞)(出典:Katerra, https://katerra.com/2021/03/12/catalyst-wins-aia-2020-innovation-award/)
巨額資本を集めたカテラの経営破綻の原因について、同じくSVFの投資先であったグリーンシル・キャピタル(Greensill Capital)の経営破綻を指摘する声が上がっています。サプライチェーン・ファイナンスの会社であったグリーンシル・キャピタルは、カテラにとって建設ローンなどのファイナンスを確保するための重要な後ろ楯でした。その頼みの財務基盤を失ったことで、プロジェクトを支える融資を確保する能力を急速に失い、資金繰りが悪化した結果、カテラはその3ヶ月後に経営破綻した、という分析です。
しかし、ファイナンス上の信用不安は破綻要因の一つではある一方で、ビジネスモデル上の構造的な欠陥が今回の失敗をもたらしたと筆者は考えています。そして、その失敗から得られる学びは大きく、今後の建設業界でのイノベーションを考える上で、非常に重要な示唆を残してくれました。本記事においては、カテラの経営破綻の要因を分析し、垂直統合型DXの限界と未来の可能性を探っていきたいと思います。
カテラの歴史
カテラの創業者の中で最も影響力を持っていたマイケル・マークス(Michael Marks)は電気機器の製造会社のフレックストロニクス(Flextronics)のCEOであったことで有名です。彼がCEOを勤めた13年間で会社の買収を繰り返し、分断されていたサプライチェーンを垂直統合することで、売り上げを13年間で約100億円から1.4兆円まで躍進させました。彼がカテラ創立当初持っていたビジョンとは、まさにこのモデルを建設業にそのまま持ってこようというものでした。
しかし、建設業と電気機器の世界は大きく異なります。まず、多くの選択肢から自分の好みの建材をスペックインすることに慣れていた設計士はカテラが製造したプロダクトをなかなか選択してくれませんでした。さらには、建築はほぼ全て一品生産の世界です。一つの部品が設計されると、大量生産で作られる製造業の世界のロジックは通用しません。極端にいうと全ての建物が特注の世界。生産性の低さを指摘されながらも、抜本的な解決策は提示されてきませんでした。
この二つの難題に直面したカテラは、2016年からビジネスモデルの垂直統合化をさらに進めるため舵を切っていきます。建設会社の買収だけでなく設計事務所の買収を繰り返し、企画・設計を自社の中で行う体制を整え、自分たちの建材を採用することで供給および生産体制の安定化を図っていきます。
さらに、建築の一品生産による生産性の低さを補うために、部材のモジュール化に着目、カリフォルニア州トレーシーにある基幹工場では、窓・壁・床などの建築部材をロボットを使い自動で生産するラインに巨額投資を行いました。加えて、CLT(Cross Laminated Timber、直交集成材)については柱・梁・床・外壁などのプレファブリケーションを実現するため2019年にワシントン州に巨大な工場を建設しました。
同時にIT投資も進めていきます。プロジェクトの計画から竣工段階まで、サプライチェーン全体のコスト・工程・資材・労務管理を行うデジタルプラットフォームである「アポロ(Apollo)」を開発・商用化しました。(この時、多くのエンジニアが大手建築ソフトウェア会社であるAutodesk社から引き抜かれています)
ワシントン州CLT工場内の生産ライン(出典:Katerra, https://katerra.com/clt-factory/)
建設業界の多重下請け構造と生産性の低さを乗り越えるための垂直統合化とデジタルプラットフォームの開発。まさに建設業界を変貌させる夢に突き進んでいたと言えます。500兆円ほどと言われている世界の建設業界マーケット規模と集まった期待値から考えると2000億円を超える投資が集まったことは全く不思議ではなかったのです。
3つの大きな失敗
それでは、なぜ6年間という短い期間で業界全体の夢を乗せた会社は破綻するに至ったのでしょうか。大きく分けると、1. PMF(プロダクトマーケットフィット)を見つける前に巨額投資が行われ、リソースが分散してしまった、2. 垂直統合によるシナジーが生まれず、逆に大きなコスト増を招いてしまった、3. 適切な人材選定が行われなかった、の3つが原因であると考えます。
①PMF(プロダクトマーケットフィット)の欠如
PMFはスタートアップ業界では口を酸っぱくして言われる言葉ですが、建設業界ではあまり聞くことがありません。なぜなら、作られるプロダクトは敷地や予算に応じて一つ一つ設計事務所により設計され、クライアントのニーズに応じて一品生産されることが建築業界のプロダクトの在り方だからです(つまり、プロジェクト毎にプロダクトとマーケットの一致が求められると言えます)。しかし、カテラが目指した世界は違いました。CLTやCFS(Cold-Formed Steel、冷間成形薄板形鋼)などの構造材のモジュール化を進め、「保有する自社のプロダクトを売る」という、前人未到の領域(他の業界では当たり前の考え方)に踏み込んでいったのですが、PMFを見つける前に巨額の投資を行っていました。事実、CLTの生産ライン整備に巨額投資を行なった後、CFSに方向を転換、それに合わせてエンジニアリングチームを組成しては解散するということを繰り返していました。
通常、PMFが見つかるまでは、最小投資でプロダクト開発を行います。カテラの場合、建設業という業界性質上もこの初期段階のプロダクト開発にかかる投資金額があまりにも大きすぎました。
カテラが提示した建物のモジュール化(出典:Katerra, https://katerra.com/products/building-platforms/)
②垂直統合によるコストシナジーの欠如
工場生産を行うことの最大のメリットは規模の経済(Economy of Scale)です。自動化された生産ラインで何度も繰り返し部品が作られることで、一つ当たりの生産コストが激減し、お客様に提供される製品の値段も下がっていきます。しかし、これはまとまった製品の需要があるという前提の話。例えば浴室のユニットを作るラインを設置したとして、年間何千、何万という需要がない限り、投資を回収することはできません。最初に述べたように、世の中の設計士がなかなかカテラの指定したプロダクトを選んでくれないために、カテラ自らが自社プロダクトを採用するようになりました。つまり、自分たちが持ってくるプロジェクトの量に比例した分しか、浴室の需要を作り出すことができません。これでは回すプロジェクトの数が減った瞬間、投資を回収するどころか、逆に減価償却が重く会社にのし掛かってしまいます。
さらに、同じく浴室を例に取ると、建築の場合、浴室と周囲の部材(床、壁、天井、配管、配線、ダクトなど)との接合部分は建物ごとに異なってきます。つまり、同じ部品を同じ箇所にはめていけば良い電気機器の製造より、都度調整しなくてはいけない箇所がはるかに多く、問題が起こりやすいのです。事実、カテラの多くのプロジェクトはコストや工期のオーバーランが発生しており、この調整がうまくいっていなかったことが分かります。
そして、最後に忘れてはいけないことは、景気変動の場面における垂直統合の危険性です。建設業界が多重下請け構造を取るようになったのは景気の変動に対して生き残る護身術の結晶でもあるのです。今回、コロナの影響で需要が落ちた瞬間、人件費、工場維持費、在庫費の全てのインパクトをカテラ一社が吸収する必要がありました。このリスクを極力分散して、巨大な経営破綻を防ぐ仕組みが分業化の真髄です。建設業は需要に大きく振り回されやすい請負業である以上、このような調整弁は大きな役割を果たしています。
カテラが開発した浴室ユニット(出典:Katerra, https://assets2.katerra.com/wp-content/uploads/2019/08/15205708/Katerra-Bath-Kit.pdf)
③適切な人材の欠如
カテラの創業時のメンバーは建築・建設業界の外の世界のビジネスに精通した人たちでした。長い歴史の中で染み付いてきた建設業の文化そのものを覆そうとするときに、業界の外から新しい視点を持ち込むというのは非常に重要なことだと思います。しかし、前述した通り、建設業は他のビジネスの世界とは異なった力学が働いているフィールドです。この力学に一社の力のみで真っ向から立ち向かうことは不可能だと考えられ、時には業界慣習を受け入れつつ、リソースを特定の分野に集中させて変革を起こしていく必要があります。そのためには、会社を牽引する経営陣に業界を深く理解した人材が必須です。
また、買収を繰り返すことで、逆に被買収会社側の業界慣習に囚われた組織および人材を受け入れざるを得なくなり、カテラのメンバー・組織への受け入れ(いわゆるPMI:Post Merger Integration)がうまくいかなかったという側面もあります。モジュール化した部材で作られた建築を作り、売っていくという行為は、作る・売るどちらの側面をとっても、従来の設計や施工会社には馴染みがないのです。買収後の人材の統合という意味では、多くの時間がかかることが予想され、組織統合が進むまでは買収した会社も逆にコストとなってしまいます。
カテラの失敗から学ぶ建設DXへの姿勢
「建設業界を再定義する」新たなサプライチェーンのあり方を目指したカテラですが、その失敗から学ぶことは非常に多いと思います。カテラが目指したモジュール化による生産性向上の夢は決してコンセプト自体としては間違ってはおらず、むしろ上述した①〜③の通り戦略執行上の問題がありました。他の業界のビジネスモデルを取り入れつつ、業界特有のコンテクストを加味した戦略に落とし込む。今後の建設DXを推進していく上で大事な姿勢ではないでしょうか。
筆者プロフィール
大江太人
東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテック総合計画事務所(設計事務所)・プランテックファシリティーズ(施工会社)取締役、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architects株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。建築士としての専門的知見とビジネスの視点を融合させ、クライアントである経営者の目線に立った建築設計・PM・CM・コンサルティングサービスを提供している。過去の主要プロジェクトとして、「Apple Marunouchi」「Apple Kawasaki」「フジマック南麻布本社ビル」「資生堂銀座ビル」「プレミスト志村三丁目」「ザ・マスターズガーデン横濱上大岡」他、生産施設や別荘建築など多数。