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建築家・クマタイチ氏インタビュー建築家・クマタイチ氏インタビュー

2022.04.27

Interview

建築家・クマタイチ氏インタビュー

建築家・クマタイチ氏インタビュー

【はじめに】

今回は、建築の設計から管理、運営までを行うTAILANDを主宰する建築家、クマタイチ氏をお招きしました。「建築におけるソフトとハードをつなぐ」をコンセプトとして様々な活動を展開中のクマ氏の建築への想いに、Fortec Architects代表の大江太人氏と、建設DX研究所所長の岡本が迫ります。

■プロフィール
クマタイチ
東京理科大学を卒業後、東京大学大学院修士課程で建築を学び、ドイツへ留学。帰国後に東京大学大学院博士課程を修了。SHoP Architects(NY, USA)勤務を経て、2021年に建築の設計から管理、運営までを行うTAILANDを主宰。建築家。

大江 太人
東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテック総合計画事務所(設計事務所)・プランテックファシリティーズ(施工会社)取締役、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architects株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。一級建築士。

【ドイツ留学で素材とデジタルの融合に出会う】

―― まずは、大学院進学からドイツ留学時代について伺えますか。
クマ:東大の大学院に進学してからは、デジタルファブリケーションラボにおいてデジタルを活用したパビリオン製作に取り組んでいました。いくつかのパビリオン製作を経て、デジタルを活用することで複雑なモデリング及び施工が可能となることに面白みを感じたものの、私はそれまで模型を作ってから建築物を作るというプロセスに親しんでいたこともあり、素材とのインタラクションなくデジタルで設計したモデルがいきなり実在の建築として現れることには違和感もありました。そのため、より素材を触りながらモノづくりをしたいと考えるようになっていました。

例えば、ドイツではフライ・オットーという建築家が濡らした紐同士が結合していく様子を観察しながら、都市の最適な交通網を導き出すという取り組みがありました。これなどはまさに素材とのインタラクションを前提としたモノづくりの一例と言えるでしょう。

なぜそういう取り組みがドイツで行われたのかというと、第二次世界大戦後の敗戦国であったドイツでは、少ない材料でいかに建築物を作るかということがクリティカルな課題だったからです。

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フライ・オットーは他にもミュンヘンのオリンピックスタジアムなどの事例があります。当時既にコンピュータは市場に存在していたものの、性能的な問題もありコンピュータを使わずに模型を作って建築を行うことも少なくありませんでした。

最近は、コンピュータの精度も格段に向上し、柔らかいものの造形やシミュレーションが可能になっています。たとえば、ピクサーのアニメで毛をもったキャラクターが表現できるようになったほか、針金などのシミュレーションが簡単に行えるようになっています。

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大学院在籍時の話に戻ると、当時、私は柔らかいものをいかに建築に取り入れていくのかというリサーチを行っていたのですが、これをいかにスケールアップするかに悩んでいました。ちょうどその時、ドイツから訪日していたアキーム・メンゲス先生による東大でのレクチャーを聞く機会があったのです。その先生の話に感動し、是非ドイツで学んでみたいということで、シュトゥットガルト大学への留学を決めました。

その先生はコンピュテーショナルデザインだけでなく、施工にも力をいれており、ロボティックファブリケーションを用いた建築を実践していました。シュトゥットガルトは、メルセデス・ベンツやボッシュもある一大工業地域です。ロボットを使う産業が当たり前に存在しているため、現地のロボット会社も、自社製品や技術を建築に使って欲しいという考えを持っていました。そのため、大学などでは、ほぼ無償で機器をレンタルでき、かつ、カーボンファイバーやグラスファイバーなどの素材についても提供を受けることができます。

シュトゥットガルト大学では、甲殻類にヒントを得て強いファイバー素材を開発したり、カブトムシの外殻構造を模倣して強い構造物を作製する取り組みが行われていました。繊維を用いて建築物をつくる場合、従来の建築構造物からヒントを得ることは難しいのですが、一方で甲殻類の生体構造などから有益なヒントを得ることができます。例えば、ロブスターのハサミを想像してください。ハサミの先端部分は硬く、折れ曲がる部分は柔らかく可動的な構造をしていますが、そのハサミは全てキチン質という単一繊維でできており、ただその繊維のレイアウトによってこうした構造を実現しているのです。人間のように骨や筋肉、皮といった異素材によるものではないことが驚きです。

このように自然界の仕組みからの学びを技術開発に活かすことを「バイオミミクリー(Bio Mimicry:生物模倣)」と言いますが、ドイツではこうした領域への関心度が高くファンディングも活発です。シュトゥットガルト大学では、これとロボティックファブリケーションを組み合わせた技術でパビリオンを作ったりもしているという話を聞いて非常に興味深く感じたため、これはドイツに行かなければならないなと思ったことを覚えています。

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ドイツ時代の1年目では上記のような、カーボンファイバーを使ったパビリオンの研究・製作を行っていましたが、私としては「建築物の形そのものが素材のパフォーマンスによって規定される」という世界をつくりたいと思い、2年目はそうした研究に取り組みました。

具体的には、スペースファブリックという素材に着目しました。通常の布は縦糸×横糸という二次元で編まれてますが、スペースファブリックはこれを三次元的に編むものです。身近な例で言えば、バッグパックの背中部分やベッドなどクッション性がありながら通気性もあるような素材で使われており、これに樹脂を塗るとFRP(繊維強化プラスチック)になるという面白い特徴を持っています。

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このスペースファブリックという素材を使って、(事前に型枠を作ってそこに当てはめるのではなく)素材のパフォーマンス自体から形状が規定されるようにするために用いたのが、結束バンドです。スペースファブリックを結束バンドで留めながら形をつくり、それを積み重ねていくと複雑な形状ができます。
その際、コンピュータを用いて様々なシミュレーションを重ねながら設計しました。

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この研究の最後には、スペースファブリックを用いて実際に小さな建築物を作製しました。
スペースファブリックは摘まむ度に形状が変わるので、摘まんだ状態でスキャンを行い、次にどのような操作が必要かを考えるイタレーション(繰り返し計算)が必要不可欠です。コンピュータを用いてシミュレーションすることで、どのようなアプローチを取るか効率的に検討することができました。
ちなみに、この時はロボットを用いず手作業で作製しましたが、ロボットを用いて作製することも可能になっています。

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【素材のポテンシャルを建築に活かす】

―― その後、東京に戻られてからはどのような研究に取り組まれましたか?

クマ:博士課程の集大成として、シュリンクフィルムという素材でパビリオンを作りたいと考え、これに取り組んでいました。

修士課程時代、シュリンクフィルムの研究を行っていたのですが、その時に建築に活用できることを既に実証していました。
具体的には、シュリンクフィルムに柔らかいピアノ線のような素材を結合してある程度の間隔で張っていくと、一定の規則性があることが分かり、更にこの規則性に密度感を与えてやると、部分変化が全体に及ぶことを発見したものです。その後、コンピュータを用いて繰り返しシミュレーションを行うことで、建築への応用可能性を示せたと考えています。

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シュリンクフィルムによるパビリオン製作にあたって、素材の調査をしていたところ、カーボンファイバーに着目しました。カーボンファイバーをあらかじめ引っぱった布に貼り付ければシュリンクフィルムと同じ効果が得られると考え、カーボンファイバーとスパンデックスという伸縮性のある布を用いて作製することに決めました。
柔らかい素材同士を組み合わせることで、それらの素材を生かした独特な形状や特性を実現することができました。

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――素材のポテンシャルを建築に活かせるという話がとても面白いと思いました。素材を生かした建築物は、伝統的な建築物とは異なるように感じますが、今後どのような建築物に活用していけると思いますか。また、ロボットの活用についてはどうお考えですか。

クマ:様々なものに活用可能ですが、誰もが建築に参加しやすくなるということが従来の建築とは異なる点だと考えています。
例えば、イランなど中東の住居には、葦のような素材でできたものがありますが、こうした住居建築はもともと女性が手掛けてきた経緯があります。先ほど紹介した様な柔らかい素材を建築に活用することで、女性なども含めて建築をより参画しやすいものにしていきたいと思っています。
いかに建築を身近なものにしていくというのが私のテーマであり、素材とのインタラクションを重視するスタンスの基盤はそこにあるのかもしれません。

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ロボットの活用に関して言うと、これまで扱えなかった素材を扱えるほか、より複雑で大きな建築を行うことが可能になると考えます。例えば、樹脂のような素材は人間の手で扱うことは難しいですが、ロボットを用いることで扱うことができます。
ロボットは、人間の身体の拡張をするものと言えるのではないでしょうか。

クマ氏へのインタビュー前編いかがでしたでしょうか。
コンピューターの精度の向上により複雑なシュミレーションが可能になり、これまでは建築に使われてこなかったような柔らかい素材の活用など、素材のポテンシャルを活かした建築が可能になるという点は、建築の可能性の広がりを感じました。これにより、建築を気軽に扱える人が増える・身近になっていくというのはとても興味深い未来だと思います。

後編ではニューヨークの建築設計事務所における最先端のデジタル技術活用や、日本との違い等についておうかがいしています。こちらも公開次第ぜひお読みいただけましたら幸いです。

以下後編

【ニューヨークの建築設計事務所でデジタル技術を磨く】

――日本に帰国された後は、米国に行かれたそうですね。

クマ:日本に帰ってからはパビリオン作成、博士論文の執筆を行いました。その後、もう少しデジタルに関わる仕事をしたいと思い、アメリカへ渡ることに決め、ニューヨークの建築設計事務所「SHoP Architects」に参画しました。

SHoPはデジタルファブリケーションに力を入れている設計事務所で、社員数は200名程度でした。Googleなどのテック系のクライアントを多く抱えていたこともあり、先進的で開放的な雰囲気がありました。
私が参画した頃は会社組織化する直前で、パビリオン作成などは手掛けておらず、ビジネス的な視点が強まっている時期であり、大きな転換期に差し掛かっていました。
ちなみに、エンパイヤ・ステート・ビルができるまでは世界一の高さを誇るウールワースビルディングに入居していました。1911年に建てられたビルで、第二次世界大戦の前にこれだけ巨大な建築物があったというのが驚きですね。

参画当初はディベロッパーのプロジェクトを数多く担当していましたが、プロジェクトの多くは多様な制約条件が課されていたため、色々な葛藤がありました。
例えば、ブルックリンの再開発プロジェクトでは、「そもそもブルックリンにこの建築をつくるのがよいことなのか?」といった疑問を感じました。建物自体は良いけれど、巨大な商業施設を作ることで、若者が形作るブルックリンの街並みが大きく変わり、若者が居づらくなるのではないか・・・。シェアハウスによるコミュニティ活性化などの取り組みをしている私には抵抗感が拭えませんでした。
要所要所では、おいしいコーヒーショップといった若者向けのコンテンツを残しているのですが、それだけでは元々あった「カルチャー」を継承できていないように思えました。

次に、私が参画する前のプロジェクトになりますが、SHoPが手掛けた代表的な事例であるブルックリンのバークレイズセンターを紹介します。この建築物は、フルデジタルファブリケーションで建築され、3D CADソフトが活用されています。
大きくキャンチ(片持ち)したエントランスが有名ですが、キャンチしていることから施工中も構造物が自重で下がってしまうという問題を抱えていました。そのため、設計段階で構造物の下がりをスキャンして、パネリングで調整していく必要があったのですが、ここで3D CADソフトが活躍しました。
この時に活用されたツールは、他のソフトとは異なり、パネリングをマニュアルで操作しながらシミュレーションできるなど、非常に優れたものでした。

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次に紹介するのは私が手がけたプロジェクトで、デトロイトにある建築物です。ポディアム(写真左側)とタワーに分かれており、このうちポディアム内部のデジタルファブリケーションで作る構造物のデザインを私が担当しました。

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この時は、日本の折り紙に着想を得て、折り紙みに見立てたパーツでホールの四周をぐるっと囲うデザインとしました。
実際の建築にあたっては、大量のパーツを作成してそれらを複雑に組み合わせる必要があり、現場での組み立てが困難が予想されました。そのため、専用のモバイル用アプリを自社で作製し、施工時に職人に対して視覚的なを出せるようにしました。この取り組みのおかげで、手間のかかる複雑な施工を正確で効率的なものに変えられました。
ちなみに、折り紙をモチーフにしたことから、周囲からは「ジャパニーズテイストだね」と言われていましたね。

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当時のアメリカの建築分野では、既にBIMの活用がスタンダードになっていて、扱えないとそもそも会社に入れないという状況でした。設計者以外のコンサルの人たちも皆、BIMを使えていたので、関係者間でBIMデータを介したシームレスなコミュニケーションが成立していましたね。
私がSHoPに在籍した頃は、会社組織化するという転換期で、いかに効率的にマネジメントするかという課題に直面していましたが、BIMの活用はこの課題解決に貢献していたと思います。それは、「スタディ模型は作らずに、基本的にはプリントするだけ」という世界であり、手で作ることが重要とする今まで私がいた世界とは真逆のものでした。
BIMの活用以外では、VRやARなどにも力を入れており、私が日本に帰国する頃には、VRを使って顧客に実際の建築物をイメージしてもらえるまでになっていました。

このように、アメリカ時代はデザインそのものよりも、デザインの実現を効率化するデジタル技術に投資することで、効率的にモノづくりを行っていました。おかげで、金曜日には18時に退社してビールを飲みにいくといった生活が実現できていました(笑)。
効率的な建築の推進が、必ずしも良い建築物を生み出すわけではありませんが、こうした空気を肌で感じられたことは、私にとって非常に貴重な経験になりました。

【アメリカでの知見をどう活かすかが課題】

――日本の建築現場におけるデジタルやBIM活用の状況は米国にくらべると遅れているのでしょうか。

クマ:遅れていますね。日本に帰ってきて、BIMを用いて設計しようとしても、社内外のプロジェクト関係者も同様にBIMを扱えるという環境が整っていないため、その真価を発揮することが難しいというのが現状です。

大江:アメリカでBIMが普及している理由は何だと考えますか。

クマ:やはり何事においても効率的に物事を進めよう、という強い意識がアメリカにはあると思います。導入時に一時的に非効率や困難が生じようとも、そうした事態を織り込んだ上で乗り越えようとする気概があるのではないでしょうか。
たとえば、SHoPではBIMソフトを15人くらいで同時に使っていたため、途中でBIMデータ動かなくなってしまったり、納期直前にデータ自体が破損してしまったこともありましたが、それでも使うのをやめることはありませんでした。効率的な建築という目的達成のために、そこまで徹底していたということです。
BIMを使って一番気持ちが良いのは、データを一気にプリントアウトできるところですね。提出前に「一度ボタンを押す」だけで可能になる、その気持ち良さを一度経験すれば、BIMに対する認識は必ずよい方向に変わると思います。

大江:確かにそうですね!一般的なCADの感覚だと、大量の図面を1枚1枚直すイメージですが、BIMだとモデルに対する設定さえ修正しておけば、全ての図面に一気に反映される。これを体験してしまうと、もう戻れませんね。

――BIMなどが一般化していくと現場の負担感や労働環境が変わるということでしょうか?米国に近づくためには何が必要だと考えますか?

クマ:間違いなく変わりますね。そのためには、BIMソフトのライセンス料が下がり、利用者の裾野が広がっていくのが一番効果的だとは思います。
あとは教育もあると思います。たとえば、大学生などは無料でBIMを使えるため、例えば学部の2年生であっても一定の品質を備えた図面やCGを作ることができます。これは少し前の世代ではあり得なかったことです。
こうした経験からも、BIM教育はどんどん推進した方がよいと思います。ある時期までは手書きメインで修行を積むべきだ、という考えもあるかと思いますが、ツールを活用することで楽をできるところは楽にして、余った時間をより付加価値の高い学びに充てて、視野を広げていくことが正しい方向性ではないでしょうか。

大江:確かにBIMの導入には大きな初期費用が必要になるので、現状では大きな事務所以外は導入できていないですね。また、コスト面以外にも人材面での課題があると考えています。新たなツールを使いこなすためには教育が必要ですが、教育中の人材は利益を生まないことから、そうした点でも大手事務所以外に普及が進まない側面があるかもしれません。

クマ:そうした文脈で言えば、BIMモデルのコンペなどがあっても良いかもしれないですね。実用性の高いBIMモデルが高評価を受ける、そういったコンペが増えてくると面白いかもしれません。
ただ、現状ではBIMモデルの良し悪しを評価する基準が確立されていないので、その点は検討が必要ですね。その際、日本人は「効率性」一辺倒だと魅力を感じないと思うので、効率性以外の視点も含める必要がありそうです。
その他には、大学におけるBIM教育など、教育環境の整備も重要になってくるでしょう。

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いかがだったでしょうか。前半はコンピューターでのシュミレーションに基づく素材とのインタラクションを活かしたデザイン創出、後半はBIM活用をはじめとする設計の効率化に関する日米の考え方の違い等、クマ氏の国際的なご経験に基づく様々なトピックに触れてきました。
予め設定された型ありきで素材を当てはめるのではなく、素材が完成形を規定するというデザインのあり方は大変興味深いものでした。また、日本においてBIMが普及していくためのヒントとなる有益な議論が見られたと思います。

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